大判例

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東京高等裁判所 昭和26年(う)2580号 判決

原判決は被告人が金品強取の目的をもつて原判示折口功方に侵入し同人に対し所携のドスを示し「静かにしろ、お前は俺に嘘を言うたな、母や妹をなぜ追い出したか、今夜は家の物を皆持つて行く」と告げ脅迫したが中途において逮捕され金品強取の目的を遂げなかつたという事実を認定している。そして、右のごとく被告人が折口功方に侵入し同人に対し右のごとく申し向けて脅迫したことは諸般の証拠上明らかであり、被告人もまたこれを認めているのである。

しかしながら、その脅迫が金品強取の目的に出たものであることについては被告人は極力これを否認し、かねて折口功に対し怨を抱いていたところから、同人を罵倒しその反省を促すため右の行為に及んだに過ぎないと主張しているので、まず原裁判所の取り調ベた証拠についてその点を検討するのに、原審証人折口功同折口多美子の供述によると、前記のように被告人がその際「今夜はここの物を皆持つて行く。」という趣意のことを申し向けた事実があるのであつて、これが被告人に金品奪取の意思のあつたことの一つの認定資料となつているようである。しかしながら、よく考えてみると、かようなことばは単なる脅しのために言うに過ぎないことも往々あるのであつて、これだけでにわかにその真意があつたと速断することは危険だといわなければならない。

次に、右各証人は被告人がその際折口功らを脅迫して金品を持つて行くのだと思つたと供述しており、この供述も前記認定の一つの根拠になつているように思われる。なるほど犯行現場に居合せた者の判断は一般の場合にはかなり信用度の高いことが多いであろう。しかし、本件の場合のように深夜寝ているところを叩き起されて脅迫された証人らがその瞬間どう思つたかというようなことは、同人らがきわめて精神の平衡を失つていた際のことであるだけに、事実認定の材料としてはあまり重要な意味をもつものではない。この間の消息は、右折口多美子が当審における事実の取調に際して、被告人に対する感情の点では今なお必ずしも宥和していないように見えるにかかわらず、現在考えると被告人は自分らに対する嫌がらせに来たのではないかと思うと述べていることからも窺うことができるように感ぜられるのである。そこで、以上の二点が直ちに被告人の金品強取の意思を推知させるに足りないものであるとしてみると、その他には右の意思の存在を認めしむべき証拠はないといつてよい。

もちろん、知合の者を誘つて深夜、他人の住居に侵入した上これを脅迫するというような場合は強盗の目的に出たものであることが多いであろう。しかし、本件においては、被告人と折口功との間には叔父甥の関係があるのであり、しかも一件記録によると被告人は同人に対し深刻な怨みを抱いている事実が観取されるのである。のみならず、もし被告人に財物奪取の意思があるとしたら、なぜ被告人は記録上明らかなように折口功を起してから約三十分間も金品奪取に着取せず同人を脅迫するに止まつていたのであろうか。ことに被告人は同家に侵入直後折口方看護婦林伊保子と出会つているのであるから、かような意思を持つていたのならばなおさら何を措いても奪取の実行にとりかかるべきところである。これらの点から観察すると、その行為の外形が一見典型的な強盗のように見えるにかかわらず、被告人に強盗の意思のあつたことを認定することはきわめて困難であつて、当裁判所が事実の取調をした結果によつても、またこの点の心証を動かすには足りなかつたのである。はたしてしからば、原判決には被告人の金品強取の目的につき事実の誤認のあるもので、その誤認は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、論旨は理由があり、弁護人の他の論旨につき判断するまでもなく原判決はこの点において破棄を免れない。

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